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捨て身の好意


 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090522-00000046-jij-pol

このニュースやコメントを見てちょっと考えてしまいました。
不謹慎な物言いかもしれませんが、素直にうらやましいなーと思ったのは

『友人たちは、葬儀で真っ青になりながら笑顔だった裕美さんに接し、「特別扱いせず、事件ごと受け止めよう」と決めていた。』

というとこ。

また文中でもコメントでもさんざ触れられてる頑張れといった言葉はもちろんですが、最新の方のコメントでひとつすごく共感してしまったのが、 

『「頑張って」よりも
「出来ることがあれば何でも言って」の方が偽善的で無責任で自己満足に聞こえる。
「何でも言って」って言われても、そうそう言えないよ。
大抵の人は自分のことで精一杯なんだから、どうしたって遠慮してしまう。』

というもの。
ここまでトゲトゲした感情は抱いてませんが、私生活柄おなじことよく言われる立場の中でうすうす感じてたこととマッチする意見だったので、全く共感してしまいました。


もちろん自分はこのコメントほどにはその言葉に反発心を抱いてないし、日本人のことだから相手に迷惑だったらかえって申し訳ない、おしつけがましくしてもいけないから必要なところだけ手助けしたい、って気持ちはよーーーくわかるんですよね。
実際自分も今まで生きてきた中で何度かは無意識にこの言葉を発してると思うのです。
自分の手助けしたい気持ちと相手の迷惑を慮る気持ち、その二つに折り合いをつけるのにこんな丁度よい言葉はないものですから。
決してこの言葉自体へも、この言葉を発した人にへも、批判の意味はなく。

でも本当に相手のことを考えてるのだったら、ある意味そうやって“相手がどう思おうと”自分が相手に必要だと思ったことを“押しつける”ことも必要だと思うんですよね。
とにかく相手のことだけを考えた、“捨て身の好意”。

もしかしたら迷惑かもしれなくて、もしかしたら拒絶されるかもしれません。
でもそれでもそんな好意を向けてくれる人がいるって、そんな人が友達なのなんて

それってスゲーことだよね。それってスゲー友達だよね
と思うのです。


私自身あまた「何でも言って」の言葉を受ける中で、ホントにそういう捨て身の好意を受けたことは数回しか覚えがありません。
そしてやっぱりこれからも自分の口から「何でも言って」の言葉は飛び出すでしょう。たとえそれが心から相手のことを心配してのことだとしても。

それでも自分はそういう捨て身の好意を与えられる人はすげー尊敬してしまいますし、願わくばそういう人になりたいなあと思います。

まあ前提としてまずはよっぽど好きな人じゃないとそんな好意を実行するとこまで思い当たらないだろうから、この被害者の方もほんとにいい人柄だったんだろうなあと思いますけど。


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久々にテレビにときめいた

 
http://www.matsumachi.com/index.html

『松嶋×町山未公開映画を観るTV』この番組がすごく面白い!!

デミ・ムーアとか日本でも有名なアメリカの社会問題を暴く作品はあるけど、そうでなくても他にもいっぱいそういう作品てあるんだなー。

デミ・ムーアの『シッコ』もいいかげんな理由つけられてアメリカで公開差し止めされ(かけ?)たらしいけど、こういうのの扱いってアメリカではどうだったんだろ……。

今日のジーザスキャンプもヤバかったです。
少数派だけどすべての人がこの考えに賛同『すべき』、って考える人たちは、
どうすれば自分たちの考えが世界を支配できるかってところに全力を注いでくるからコワいなあ。
マジョリティだからこそ特に何の防衛姿勢もとってないマジョリティよりずっと。


公式サイトみてみたらTOKYO MX TVなんですねー、『帰ってきたウルトラマン』再放送して話題になってたくらいだからこれからどんどん問題作を作ってってくれる姿勢なのかも。

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なんかこの人の文章

 すっきー。

http://www.enpitu.ne.jp/usr6/60769/diary.html

ちょっとしか読んでないけど、淡々とすごく共感できる書き方をする方だなあと。
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うさぎドロップ (1) (FC (380))

評価:
宇仁田 ゆみ
祥伝社
¥ 980
(2006-05-19)
JUGEMテーマ:漫画/アニメ


コレの4巻までを読んで面白くなってきたのだけど、(時々どきっとさせられる表現は既に前々からあったのだが)そういえば『よつばと!』もそうなんだなァと思い当たって、なんで選ばれたのがまま父とまま娘っていう関係なのか、ってことを考えてみた。

なんで実の親子じゃだめなのか?
なんでまま母とまま息子じゃだめなのか??

まず思い当たるのは、皮肉にも聞こえるがこの子育てを成功させる(た)最大の要因が「もともとは他人」という認識にあったんじゃないか、ということ。

心理学を専攻してる人から聞きかじった話だけど、母親が「子供は自分とは違う人格のもの」と認識するのに対し、一般的に日本の父親は「子供は自分の分身(思い通りになるもの)」と思いがちなのらしい。
なんでかというと母親はうまくいかない子育てや言うことを聞かない子供という現実に日々つきあううちに「ああ、(自分と血は繋がっていても)これは自分とは別のイキモノなんだな」と理解するのに対し、そういった経験が不足したまま子供と接する父親は「自分の子供なんだから、自分の思い通りになって当たり前」という初期の思い込みから抜け出せないから、なんだそうな。

ところがこれがもともと自分の子でないとわかりきった子供ならどうだろう。
一般的に言っちゃってOKなことだと多分思うが、言わずもがな子供の人格を認め、親のコピーではなく一人の人格と認めることはいわゆる“いい子育て”の基礎を作り上げる。
親の分身でもなく、親の期待を体現するものでもなく……
実の親子であればどうしてもそういった思いがぬぐい切れない部分があるだろうが、もとが他人であるコドモであれば当然そんな(言うなれば)幻想を抱く基礎もない。

つまり「もともと他人」という設定は、ショートカットで擬似「我が子の人格を認めている親」を作り上げるための設定に結果的になっている、と考えられるのじゃないかと思うのだ。


これって“子育て(の物語、という注釈がつくにしてもつかないにしても)を成功させる方法”としてはスゴい奥の手だ。(だってフツーの子育てには応用しようもない!)
更によつばとの方は詳しくはわからないが、とりあえずうさぎドロップに限って言うなら一番つきっきりで面倒をみなくてはならない赤ちゃん期を体験していないことが、よりその認識を強化しているように思う。

たとえ他人や大人であっても、たとえ無償が前提であっても、その人のために苦労すればするほど、逆に「あんなにしてやったのに」という思いや、“相手が自分に束縛されなくてはならない”かのような感情は生まれやすい。
それはおおむねの場合その人の器が狭いとか覚悟が足りないとかではなく、自然な心理なのだと思う。

だが、うさぎドロップの「ダイキチ」はそれを体験していないし、よつばと!の「とーちゃん」もよつばを育てることになった経緯(ほんのおおざっぱにしか明かされてないが)を考えるに、その時期から一緒にいた可能性は低いのではないかと思う。
だからこそ、彼ら父親には彼女らコドモに「恩をきせる」理由もない。
(他にも金銭的な問題はあるだろうが、納得済みで払うだろうそういった犠牲よりも、“意思の疎通のできない相手にただただ迷惑をかけられる”というようなある種“理不尽”な苦労の方が、より反発する感情を生み出しやすいのではないかと思う。)


もともと他人(血が繋がっていて≒自分の思い通りになる、わけがない)と認識しているからこそ、そして一番苦労する時期に面倒を見ていなかったからこそ、
「どうして(自分の思い通りになるはずなのに)(あんなに苦労して育てたのに)わかってくれないの」という幻想を抱くこともなく、
更に言えば一般的な養子のように、ひたすら自分(達)の子として育てようと強いて出生を塗り替えるでもなく……
自分が面倒を見るのだという前提と、ちゃんと育てなきゃという認識だけをきっちり押さえておくだけで、あとは基本的に自由にさせる。

これが逆に“いい子育て”になるための基礎を作っている、のだとしたら、なんというパラドックスでありなんという皮肉なのだろう。
(もちろん、現実にそういった関係が成立するかは疑問としても。)


漫画としてのヒットの理由も、そして総括的にはこの関係設定に含まれてるのではないだろうか。
確かに一般的な子育て漫画にも、面白いのはある。トリビア的に「へ〜」と思うことはあるし、他人の目線で子育てってこういうかんじなのか……と見ることはできる。
でもそこに実際に子育てしてる人からの「あるある」はあるのだろうが、子育てなんぞしたこともない一般読者が感情移入して読むには“リアルすぎる”感があるのではないかと思うのだ。

それに比べて「突然コドモが来て父親になった人間の目線」というのは、「日常コドモを奇異の目で見てる人間の目線」とわりかしすんなりマッチするようになっているのじゃないだろうか?
もちろん「父親」に絞って言ってしまえば、『とーちゃん』がより自然に父親のポジションにいるよつばとの方はその要素が薄れてしまうが、よつばの言動は読者にキッカイにうつるように描かれているのは明らかで、そこらへんは「日常コドモを奇異の目で見てる人間の目線」を、おおむね父親の目線として用意してるかおおむね読者用のスコープとして用意してるかの違いにすぎないんじゃないかと思う。

あんまり漫画の問題を社会と結びつけて結論づけるのは好みではないのだが、この核家族社会の日本の中で、コドモを「身近なものでない、異質でキッカイなもの」として見てる人間は、それこそ子育てをしてる(た)人間よりはるかに存在する。(特に漫画を読む層ではそうなんじゃないだろうか。)

だから「コドモをキッカイな目でみる」(ための、)「まま父とまま娘」という設定は、感情移入できる設定として(例え偶然から生まれたものだとしても)「必然」だったし、多くの人に受け入れられる原因となったんじゃないか、と思うのだ。

そしてそういった目線が用意されてると仮定すると、「まま父」の設定に対して「まま娘」でないといけない理由はすんなり導き出されるだろう。
「まま父」がコドモに向けるキッカイな視線がより強まるのはもちろん「まま息子」より「まま娘」だろうからだ。
そこらへんの戸惑いはうさぎドロップの方がわかりやすく描かれていると思う。よつばはりんと比べたらあんまり女の子らしくはないが、それでもフツーにスカート姿のよつばを見て、ああ、ほんとにまま父とまま娘っていう家族なんだなあと、フツーに対応するとーちゃんのかわりになぜか言い様のない驚きめいた戸惑いめいたものを感じた読者はいたのではないだろうか。


で……、ずいぶん最後になってしまったが、「なぜまま母ではいけないのか?」という問題。
これも、今までの流れにあてはめて考えるとなんとなく答えが見えるような気がしてくる。
ずばり、「女性にとっては男だろうが女だろうがコドモはキッカイなものではないから」。
ただし一般的な子育て漫画を見ると、実際的な主観としては全然そんなことはなさそうな雰囲気がするので、言い換えるなら
「女性に対すると男だろうが女だろうがコドモはキッカイなものに映らないから」
とでもなるだろうか。

女性に対すると、男だろうが女だろうが子供はあくまで「自然なもの」と映ってしまうのだと思うのだ。これらの漫画はフツーに仕事をして一人で過ごしていた男性の生活に、(女の)コドモという異分子が入るからこそストーリーが生まれている。
日常に異分子を放り込むことでストーリーを発生させる、というのは、既に分析&発見される「ストーリーが生まれるための構成」の中のひとつにも入っているらしいのだが、これが女性でそれがすぐ異分子でなく自然になってしまうなら、物語が動かなくなってしまうのではないか。これじゃストーリーはうまく生まれてくれない。

それに弊害を述べるならもう一つ。
悲しいかな、この設定にそのままあてはめるには、まだまだ女性にとっては「仕事」というものは「フツー」に入れられるほど人生の一部とはなっていないのじゃないか、と思うのだ。
女性がバリバリ働く「リアルクロース」や「きみはペット」でも、しばしば女性の「仕事」は人生の一部ではなく、人生と秤にかけるものとして描かれていた。

(仕事という)「日常」にコドモという「異分子」を入れようにも、親側に女性が入ると日常と異分子が逆転してしまう。それはそれでもちろん別のジャンルでちゃんと漫画として確立はするだろうが、全漫画人口における読者層も反転してしまい、同じ層に共感を呼ぶのは難しくなるのは間違いないだろう。
(ただよつばともうさぎドロップも、掲載雑誌や絵柄からしてもともとあまりメジャー層向けではないだろうから、単純比較で必ずしも読者が減るかと言われればよくわからないが。)


例えその設定がうまれた経緯が偶然だったとしても、以上から、やはりこれらの作品は
「まま父で、まま娘でなければならなかった」のだと思う。



久しぶりに、なっがい考察を書いてしまいました。
他の漫画好きさんの考えや視点は
どうなんだろうなぁー。
(そもそも、まま父とまま娘という設定をここまで重視してる人自体
どれくらいいるんだろうか……。)

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ヘルボーイ

評価:
---
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
¥ 1,360
(2008-07-23)
JUGEMテーマ:映画



何はさしおいても、ヘルボーイの髪型が完全にチョンマゲなのに腰を抜かすほどびっくりした。

完全にチョンマゲな赤鬼です…。
アメコミの美的感覚がカメが忍者のタートルズ以来わからなくなった…………。


だがそれでいてそんな愕然な外見をブッとばして面白いアメコミの戸惑いすぎる魅力のでどころもよくわかんねーーーー!!!
何であの外見で人間で言うと30くらいのオッサンで猫とか好きでラブレターかいちゃってるんですか…!!

外国版のパッケージはわからないけども、日本版のパッケージがこれなのはやっぱり明らかにあの外見を少しでも客引きよく見せられるようにするためなのかなあ。と思いました。



あ、あとまがりなりにも神様のたぐいをブッとばすのが手榴弾だなんて、メリケン映画は本当にどこまでも物理的なのねと思います……。
そんないくら邪神?とはいえ地獄の怪物をそんなエイリアンと同じような対処法で解決しちゃっていーんか。

だから物理的にはどうにもならないジャパニーズホラーが斬新にうつるんでしょうかねえ。
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風と共に去りぬ(1枚組)

評価:
マーガレット・ミッチェル
ワーナー・ホーム・ビデオ
¥ 1,349
(2008-04-11)
JUGEMテーマ:映画



めちゃくちゃ有名な映画だったので一度は見てみたかったのですが、途中までよかったのが最後で全てふっとびました。
な、なんだあの「戦争に負けても、貧乏に泣いても、愛する人に振り向いてもらえなくても、子供をなくして夫に捨てられても、タラに帰れば全て解決!!☆」みたいな観光旅行のCMみたいなオチは……!!!!

いやほんとに途中はよかった……んですよ。古臭くて芸術的すぎる映画なのかなあと思ってたのとは裏腹に、各人のわかりやすすぎるほどのキャラクターも、人物伝としてもごくわかりやすくまとめてある観客意識の目線も、ああいくら古くてもこれはまさに“ハリウッドの”名作なんだなーと思ってすごく安心してみることができましたし。

加えて俳優女優や一枚一枚の画をすごく綺麗に撮ろうとしてるとこがそこはまた昔の映画らしくてすごくよかったです。同じ部屋にいる人を撮るのでも美人な女性を撮るときだけはうっすら画面がかすみがかって神秘的な効果を出してるのな。(笑)(映画史の授業で聞いたのだと、シルクのストッキングをわざわざカメラにかぶせてぼやかしてるのだそう。)

もう二度と飢えに泣きませんと誓っても、母になっても、なお変わらずに結局は破局を呼んだスカーレットの根本的な女王様気質も
ハッピーエンドじゃないなりに一本芯の通った“正しさ”を感じて、どんなに苦労して経験を積んだって人はそんな簡単に変わらないし変われないし、また他人が必ずしもそれに最後まで付き合ってやる義理なんてないんだっていう
テンプレどおりの弱虫主人公の少年漫画に対するアンチテーゼのようで、ごく個人的な視点から見れば飽き飽きしてたそんな展開にひとつパンチをくれてやったようで爽快だったし。


なのにあのオチは一体どうしたことなのか…(汗)
解説ではまるで母なるタラに希望を抱いたスカーレットが新たな力に満ち溢れてラストをかざる、みたいに書いてあるけどさ
あまりにタラへの決意が性急すぎて、あれは行き詰って病んだ人間の現実逃避じゃねーのかー?(汗)(汗)(汗)

OK牧場の決闘とか、昔の映画ではものすごくシーンをギリギリまでカットした作品が作られてたってのは聞いたことがあるし
製作サイドの意図は最終的にはそういうことだったのかもしれないけど……
何かもうちょっと欲しかったよ!!(汗)あまりにあっけなさすぎて、妹と一緒にポカーンとしてました。


でも、これを見ちゃうとリバティーンとかゴッドファーザーとか
やっぱり人物伝としてはダイジェストにすぎる作品なんじゃないかなあと改めて思いますよ。
時間数の違いはあるにしても、すごーくわかりやすかったもん。これ。
二時間くらいが観客に集中してみてられる限界ってのを研究した結果つきとめたのはいいだろうけども
それでもただ単にその枠におさめりゃーいーってもんでもあるまいにー。

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パプリカ

評価:
今敏,筒井康隆
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
¥ 3,984
(2007-05-23)
JUGEMテーマ:映画


絵のきれいさとパプリカの表現方法だけはすごいけど、意味がわからなさすぎて意味が分からないものの最高峰としての芸術作品としての価値すら感じられない…

なんつーか意味のわからなさのむこうにある例えば流れのような大いなるものだとか、芯のようなしっかりしたものだとか、そーゆーのが全く感じられないんですよ。意味のわからなさが人工的でいかにもに作ってるだけに思える。

ところどころ千と千尋っぽいような部分もあって、有名アニメのリスペクトかなーと思えるようなところもあったんですけども、そのパロり方がまたうすっぺらくて何の粋さもなくてだから何?って感じてしまうのですよ。

同じような絵だけ綺麗な話だとブレイブストーリーにも似たものがあるけども、あれはとりあえずハショりすぎでもうちょっと何かあるんだろうな、っていうのは少なくとも感じられたし、説明不足さはこっちの方が数段上だしそもそも説明すべきなんらかの確立したストーリーがあるのかどうかもアヤシイ。

あえて説明くさいセリフなんかを排除することで摩訶不思議さと自然さを演出しようとしてるのかもしれないんだけど、つくりものである以上そのことだけは根本でガッチリわきまえて、たとえ言葉の説明はなくってもだからこそ存在だけで圧倒的に説明しなきゃいけないもんなんだと思うぞ。そういう系を狙うなら。

時をかける少女はそれでも面白かったのに
やっぱりマッドハウスのいらんことで調子こく構成態度はどーなのかと思います。

同じいらんことでもシャフトは見ろよ。あんなに意味不明さが全部調和してるじゃねーか。(絶望先生)

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シン・シティ スタンダード・エディション

評価:
---
ジェネオン エンタテインメント
¥ 1,160
(2006-06-23)
JUGEMテーマ:映画


バイオレンスハードボイルドの結晶のような映画だったー。
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ルパン三世Y 20 (20) (アクションコミックス)

JUGEMテーマ:読書


ずーっと欲しかったんですが、こないだ1と3が100円になってたのでやっと買えましたよ。
ルパン三世マガジンで連載されてたモンキーパンチじゃない人の描くルパン三世なのですが、その中じゃ不二子ちゃんはかわいいし話はルパンっぽくて面白いしで一番最高だと思う人のシリーズです!!
古本だとわりと売ってるやつもボロボロのが多いのに、人気があるのかいつまでたっても値段が下がりゃしねえ!!

年々酷くなる夏休みルパンスペシャルの少なくとも脚本は、この人に絶対やらせるべきだと思うんすよ。
実際映画化されてもいいくらいの話ひとつふたつはあるし。
山下さんが描いてるのでルパン「Y」なのですが、今の「M」はいまいち画風に下品さがあるし不二子ちゃんにかわいげがないし
話も描ききれてないんだよなー。
またYでやってくれればいいのに。マジでそう思うのに。
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